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七五三って何だろう?

実は知らない七五三

七五三

みなさんは七五三詣でをした経験は御座いますでしょうか?
千歳飴を貰った思い出しかなく、実際内容はわからない人も多いのではないでしょうか?
そこで今回は七五三の歴史を調べてみました。

時は天和元年、西暦1681年。
江戸幕府第5代将軍、徳川綱吉が長男の健康を祈って始まった関東の風習だそうです。
徳川綱吉には娘の鶴姫とその弟の徳松がいます。
綱吉が幼少期に名乗っていた名前をそのまま息子に与えたようです。
綱吉が4代将軍、徳川家綱の継嗣となり、徳松は2歳にして舘林徳川家を継いだようです。
綱吉にとっては徳松は念願の男の子だったと思いますが、息子徳松は病弱だったのでしょうか?
徳松が3歳になった年の11月15日に健康を願って行われた催しが七五三の始まりと言われております。
その願いも叶わず徳松は5歳になった7月22日に亡くなられたようです。

3歳には「髪置きの儀」という主に女の子が「3歳までは髪を剃る」習慣を終了する儀があり、5歳には「袴儀」という男の子が袴を着用し始める儀があり、7際には「帯解きの儀」という女の子が幅の広い大人と同じ帯を結び始める儀があります。

この七五三という行事は江戸時代の綱吉の叶わなかった願いや悲しみ、江戸時代の民衆の子供への願いにより現代まで受け継がれ、日本全国に知れ渡ったのではないでしょうか?

もしかしたら自分の子供のように若くして息子が死ぬ悲しみを無くしたいという綱吉の思いが七五三には込められているのかもしれません。
現在、七五三は振袖を着て子供の成長を祝う行事ですが、家族にとっていい思い出になるのでまだまだ後世に残っていきそうですね。

ところで千歳飴は?とお思いの方もいるかと思います。
千歳飴は七五三が始まって10年か20年経った元禄か宝永の頃に浅草の飴売り七兵衛が始めたようです。
透明の飴を伸ばして伸ばして白濁させ、紅色を付けたのと紅白の飴として縁起よく、長ーいその形は長生きの象徴として千年でも生きれるように願いを込め、その長くて紅白の飴は瞬く間に広まったのだと思います。

今ではペコちゃんや金太郎飴のようなのもありますが、やはり昔ながらの製法で作られるのが魅力的に思えます。
調べた内容はあくまでも有力といわれる説です。
七五三や成人式のような人の成長の儀式はとても意味のあるものだと再認識しました。

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